風呂に入るための宿 作並ホテルです 






 自然 静けさ そして神の湯 


 「旅の良し悪しはその日の宿で決まる」という言葉をよく耳に致します。楽しかった旅の締めくくりとして、皆様は大きな期待を抱いて、宿に足を運ばれることと思います。皆様お一人お一人、その時々の目的と条件で宿選びをされていることと思います。ITが発達した現在、巷にあふれる数多くの情報により個人の価値観は多種多様に変化し、また皆様のニーズに応えるべく、宿泊施設もより個別化を図り、多様化してまいりました。
 しかしながら今日、お客様のご要望全てに一つの宿でお応えすることは大変困難な時代となりました。ご提供差し上げられるものとご要望いただくものとの不一致により、こんなはずではなかったと、と落胆されるお客様のお顔を見ることが、私どもは最も心苦しく、心さびしい瞬間にございます。そのようなことがないよう、私たちは、私たちが所有する資源と特色を皆様方に明らかにし、ご理解の上、選択いただければ、と考えております。
 神の湯作並ホテルは、小さな宿です。築年数も古く、今どきの装いでもありませんゆえ、一見で皆様にご満足いただける施設ではないことを自覚いたしております。それでも私たちが、自信を持って皆様にご提供差し上げられるものがございます。それが、豊かな自然、静けさ、そして神の湯でございます。
 豊かな作並の山懐に包まれ、広瀬川の瀬音を聞きながら、心ゆくまで神の湯に浸かり、静かで穏やかなひと時を過ごしていただくこと、それが何もない宿・作並ホテルが、皆様に差し上げられるものの全てでございます。










 知られていませんが、古い宿です 


 創業は江戸時代、安政末期ごろになります。江戸末期に描かれた作並周辺の地図には、創業時の当館が描かれております。それから現在まで同じ土地にて、同じことを延々と続けております。
 この土地にて神の湯に巡り合えたことが全ての始まりとなりますが、「神の湯」の由来は諸説あり、どれが真実かを検証することは、古い時代の話ゆえ、なかなか難しくございます。一説には、当館の浸かり、病気、怪我などを回復された皆様からいただいた
「神様より授かりし湯」という言葉が神の湯の由来とする説がございます。私たちはいただいたその言葉に感謝の意を込め、その一説が由来の真実であることを願ってやみません。







 古人ゆかりの宿 今も変わらず 


 創業以来、いろいろなものが変わってきましたが、変わらないのが作並の自然と神の湯です。「荒城の月」の作詞家・土井晩翠氏は、湯治のためたびたび作並を訪れていましたが、特に気に入り、愛されたのが神の湯でした。そして感謝と友好の証として、絵と歌を寄贈くださいました。昭和30年の火災により、建物は全焼、柱の一本さえも燃え落ちてしまいましたが、その二点だけは奇跡的に焼失を免れ、現在も館内に保管されております。






   


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